今回は一穂ミチさんの『スモールワールズ』を紹介します。
第43回吉川英治文学新人賞受賞、2022年本屋大賞第3位の作品です。
本屋大賞ノミネート時から、表紙がかわいくて気になっていて、文庫化までどうにか待ちました。
一穂ミチさん、『光のとこにいてね』が苦しくも美しい感動系だったのですが、今回は短編集というのもあるし、どんな感じなのか気になります!
目次
あらすじ
夫婦、姉弟、親子、他人など。それぞれの「小さな世界」で起こる、衝撃と温かさを含んだ7つの短編集。
感想
表紙とタイトルの雰囲気から、ほっこり癒し系のお話たちなのかなと想像していたら違って、ギャップにやられました。
実際に読み始めは、ほっこり展開になっていく予感を感じさせる流れだったのですが
そ、そうなる……のか!
という意外な辛口展開で、ありきたりな展開では終わらなかったことで、私の中でぐぐんと評価が爆上がりしました。
そして7つのお話が、それぞれ違う色をしているので、同じ作家さんが書いたように感じさせないのも、この短編集のおもしろポイントです。
イヤミスみたいなゾクッとするものや、ほっこり感動するもの、独特な雰囲気で余韻が残るもの。
幅が広い短編集なので、これはどんな展開になっていくのかと、わくわくしながら読めてしまいます。引き込まれます。
印象は違えど、どれも個人という「小さな世界」のできごと。
ひとつの大きな世界の中に、こうしてたくさんのバラエティに富んだ小さな世界が存在している。
そして自分自身が見て感じている、今この日常も小さな世界なんだと、おもしろく感じる。
この本には7つの、そんな世界が集められている。
なんて素敵で、秀逸なタイトルなのだろう。
どれも、もう全部好きなのだけれど
『ピクニック』『花うた』はドキドキでゾクゾクっとしたので特にお気に入りです。
『魔王の帰還』も良かったなあ……。
これは好みが出ますね。
私、イヤミス系が好きだから刺激的なお話タイプなので。
感動系もかなり衝撃的な真相が隠されていると弱い。
『ネオンテトラ』
最初に書いた「ほっこり系かと思ったら違った」はこれです。
びっくりしたわ、この展開……!
孤独を感じる人たちが、その孤独を埋め合う的な感じのお話っぽかったのに、最後にすごい展開ぶっこまれて
え? えぇ? えぇ~!?
でした。(こういうサプライズ展開、最高)
最後の主人公の心情は、ちょっと特殊に思いますが、表面上は「面倒事を引き受けてくれた良き叔母」という感じで、こういう外と内の違いもまたおもしろい。
『魔王の帰還』
お姉ちゃん大好きだわ。
最高じゃん。かっこいいじゃん。素敵じゃん。
お姉ちゃんが帰還してきた理由は、胸が締め付けられるくらい苦しくて、でも感動しました。
お姉ちゃん夫婦が、それぞれにしっかり愛して尊重し合っているのを、言葉にされていなくても伝わってきて、尊いです。
お姉ちゃんは関係ないのですが
同級生の女の子が家庭事情で、酷いことを周囲に言われているけれど、反論する気になれないと零した時に
「お母さんは、新しいお父さんとうまくやっていきたくて、そのためなら嘘ついて娘をディスってもいいって思った。いい悪いじゃなくて、その気持ちの強さに住谷さんは勝ててないんだと思う。住谷さんの、ここで楽しくやっていきたいみたいな気持ちが。だから力吸い取られてやる気出なくなる。気持ちって物理なんだと思う」
本文P80より
傷ついた言動を上回るほど、じゃあ私はここで楽しくしていくぞという気力が湧かない。それくらい、その言動がダメージ大きくて。
わかるな。見返してやろうとか、どうでもいい気にしないとか思えないくらい打ちひしがれることってある。
「気持ちって物理」っていうのはすごいな。名言だな。
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『ピクニック』
こんな幸せオーラむんむんの家族にも、ここまで来るのに、いろいろなことがあって、それを踏み台にして、ここまできたんだよ。という感じで始まるこちら。
事件のにおいがしますね。
これは読んでいてつらいものでした。
でもこのイヤミス感、ゾクゾクする。
誰も悪くない。
良かれと思って。幻想と勘違いして。
だからこそ、胸が苦しい。
そして語り部が、あの子だったとは……!
『花うた』
往復書簡形式のお話です。
「そこから見えてくる2人の気持ち」という感じかなと思ったら、またまた予想外。
長い月日をかけた手紙のやりとりの中で、変化していく2人。
そのどんどん変わっていく状況が、怖くて、不安になる。
どうなっちゃうの……?と若干泣きそうにもなる。
そこから、さらに事態は予想外な展開になっていて、一気に目が覚めました。
思わぬサプライズ展開に、素敵だなと思いつつも、壁がたくさんで複雑でもある。
最後に秋生が書き上げた、2人をモデルにしたであろう物語で、胸が熱くなりました。
結果、超素敵。超最高。
『愛を適量』
このタイトル、すっごく良き。
愛情のつもりで注いでいた過剰な思い入れは、誰の得にもならなかった。受け取る側のキャパを見越して適量を与えられないのなら、何もしないほうがましだ。
本文P251より
愛情という名の思い入れ。つまり、お節介とか世話焼きとか。
やっちゃうんですよね。良かれと思ってというか、自分なりに愛を注ぎたくて注いじゃうというか。
それをやり過ぎて、相手に不快がられることもある。
レシピ本でもそうですが「適量」という表現は曖昧で、どれくらいがちょうどソレになるのか、よくわからない。
人には、愛を適量。この表現、すごくしっくりきます。
このお話もね、衝撃走る急展開があってびっくりでした。
親子愛を育むほっこりなお話かと思ったら、裏切られた感じです笑
でも最後の最後はお互いに素直になって、素敵な締めくくりを見ることができました。
『式日』
遠慮してか、自分のことをあまり言わず、相手のことも突っ込んで聞かないでいた先輩後輩。
それを少しずつ、ぽろぽろと、零していく感じが、なんだか雰囲気があるなと思いました。
「だって、好かれるって恐怖だろ」
「嫌われたらそこで終わりじゃん。好かれたら始まっちゃうから、そっちのが怖いよ」
本文P316より
なるほどな~。
好かれたら面倒なことになるって、そういう相手もいるよね……。
このままの関係でいたいのにとか。
でも、誰にでもそうじゃないと思うのですよ。
この人には好かれたいっていう人もいる。
難しい。
『スモールスパークス』
落ち着いた大人の雰囲気漂う掌編でした。
そうか。そういう成り行きで一緒になったのか。
たしかに、別にわざわざ離婚しなくてもって思う。嫌いじゃないのなら。
でも最後のシーンは長年連れ添った仲にある、素朴な気遣いと安心感が滲み出ていて、とても気持ちいい読後感でした。
最後に
良い意味で予想外な内容で、どのお話も雰囲気が違うのに、すっと引き込まれる引力みたいなものが強くておもしろかったです◎