今回は川上弘美さんの『某』を紹介します。
まあ、なんて可愛らしい表紙。
そして帯の言葉に、うっとり。
川上弘美さんは短編集しか読んだことないので、どんなお話か気になります。
目次
あらすじ
人間の形をした、人間でない生命体。
彼らから見た人間という生き物の不思議と、自分たち自身のことを探りながら試行錯誤して生きる「某」の一生のお話。
感想
設定もおもしろいのに、内容も奥深くておもしろかったです。
人間の形をしているけれど、人間ではない。
どうやって生まれたのか、自分が何者なのかわからない。
ただ、何者にでもなれる。
彼らは世界に何十人かは存在するらしくて、個体差があるっぽい。
この設定だけでも既におもしろいです。
人間ではないから、人間の言動に対して思う着眼点もおもしろいんですよ。
なんだろう。宇宙人目線みたいな感じかな。
そして彼らが人間に対して疑問に思う部分に、人間である私は、今まで疑問に思わなかったから、ここではじめて「言われてみれば、なんて説明すればいい感情なんだろうな」と考え込んだりもしてしまいます。
そういう意味で奥深い。
某が、当たり前のことを改めて気づかせてくれて、考えさせてくれます。
「この世の中で、自己愛以上の愛についてわかっている人間って、そんなにいないような気もするわよね」
本文P107より
この言葉がとても印象的でした。
他者への愛とは何かと聞かれて、それに即答できるかと言われたら、多分できない。
できたとしても、明確な答えは無いように思います。
それぞれ、考える「愛」は違うように思います。
それはきっと、この言葉の通りだからなのかもしれません。
今の流れでなんとなくわかるかと思いますが、このお話のテーマは「愛することとは何なのか」だと思います。
某にとって、感情というものは難しいようです。
彼らはずっと「愛する」を探しているように感じました。
そして最終的には「愛する」という感情を実感した時に、その感情がどれほどの重さで、重大ものなのかも理解する。
彼らが本当に誰かを愛した時、自分のためではなく愛する人のために生きたいと思ったり、その人を好きでいる自分のままでいたいと願ったりする感情変化には、心を打たれました。
そうか。これが誰かを愛するということなのか。
愛を探す某と一緒に、私も本当の愛について考えたり、感じたりしました。
誰かを無償で愛するって、尊いね。
< スポンサーリンク >
ラストも感動的なのですよ。
余韻をしっかり残してくる終わり方なのよ。
本人ははっきりと自覚していなくても、あのラストの佇まいで、ちゃんと彼女を愛していたという事実が、こちらにはひしひしと伝わってくる。
切なくて、寂しい。なのに、静かに熱いものがこみ上げてくる。
誰かをまた好きになりたいな。
と素直に思えるまでに成長した姿にも、そう思わせてくれた存在にも、胸を打たれました。
ひとつ疑問が残っています。
ひかりに危害を加えた恐ろしい人物は、なぜ某を恨んでいるのでしょうか……。
そこのところはわからないままで、気になる。
某の存在を知っていて、見分け方も知っているということは、かつて某と親しかったのでしょうか。
その某に裏切られたとかいう線が一番あり得る。
友情か恋情かで。
先にも触れたことなのですが、某目線で見た人間がおもしろいなと思ったところがあるのでご紹介。
「ひいでたものを持っている者は、そのかわりにどこかが欠けている、って、人間は思いたがるみたい」
本文P252より
完璧な人間はいないから、実際にそうなのだけれど、それが明るみになる前に、完璧に見える人のあら捜しをしがちですよね、人間って。
人間は、この世界に自分が生きているというそのことを、ひどく貴重だと感じる生きものなのだ。なんとおめでたい生きものなのだろう。
本文P337より
人間という生き物の自己愛の強さが皮肉まじりに表現されていて、グサッときます。
最後に
本人たちさえ把握できていない不思議な生き物の成長と生き様が、最後まで気になっておもしろいお話でした◎