今回は八木詠美さんの『休館日の彼女たち』を紹介します。
『空芯手帳』に衝撃を受けて気になっていた作家さん。
2作目が去年出版されていたことを知り、読みたい欲が強かったのです。
今回はどんな作風なのでしょう……!
目次
あらすじ
博物館の休館日のアルバイトを紹介され、引き受けることにした主人公。
業務内容は、古代ローマのヴィーナス像の話し相手だった。
博物館の石像たちの心情、だんだん深くなっていく主人公とヴィーナス像の関係の行く末はいかに。
いつしか纏っていたレインコートの正体、周囲の変わった人々たちの生活も見どころ。
感想
八木詠美さんの作風に確信した。
やっぱり独特だわ!
こういうヘンテコなお話大好きなんです。好きな作家さんリスト行きです。
もちろん設定も独特なのですが、文章も独特です。
なので最初の方は、読みにくさを感じたりもするのですが、慣れてくるとこれがまた良き。
詩的な表現で、静けさと美しさを感じつつ、物語の不思議さが際立つ。
小川洋子さんみたいな雰囲気だなと思いました。
抽象的な表現が強いのも、なんだか掴めそうで掴めない感じで、でもそれを自分なりに想像力を膨らませて解釈すると、おもしろいところに辿り着く。
この物語のメッセージが深いことも思い知る。
奇抜な設定だけでなく、そうした奥の奥もおもしろいお話でした。
このお話の一番わかりやすくおもしろいところは、なんといっても、博物館で鑑賞される美術品たち(石像)の視点や気持ちです。
今まで鑑賞はしても、鑑賞される側の気持ちなんて考えたことなかったので、おもしろいし、納得もするし、考えさせられたりもします。
私はラテン語を話せないし聞き取れないけれど、主人公とヴィーナス像のやりとりをこうして覗かせてもらっていることで、私も石像たちと会話しているような気持ちになり、貴重な体験をしたような心地になりました。
皆にジロジロ見られて、動くこともできない、何もできない、ただ待つ事しかできない石像たちの苦しみや辛さ、切なさが二人の会話から感じられて、石像たちに感情移入してしまうほど、ヴィーナスの放つ言葉には切実なものがありました。
ヴィーナス像が世界で一番こわいと思うもの。
それは、待つものがないことと言います。
「みんな待つものがあるからやり過ごせるのよ。大きなものでも小さなものでも叶わないものでもいいけど、とにかく待つから耐えられるの。三度の食事を待って週末を待ってクラス替えを待って恋人を待って卒業を待って異動と転勤と退職を待って眠りを待つ。そして死を待つ」
本文P114より
彼女の前では、何かを待っても、それは過ぎ去っていってしまう。
そして何千年も存在する彼女だからこそ、待つことに絶望して、うんざりもする。
何もできないのに待つものもなくなれば、存在することに苦痛を感じるのも当たり前ですよね。
それなのに、メンテナンスされ、保護され、存在を維持され続ける。
終わらせてもらえない。
美術品を後世まで残すという行為は、人間のエゴであり、美術品からしたら迷惑なのかもしれませんね。
彼女たちの言い分を聞いても、それでもやっぱり、美術品は残したいと思う私は自分勝手だなと思ったり。
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主人公の日常と、アパートの人々も魅力的です。
ある時から突然、黄色いレインコートを纏うようになった主人公。
夏は蒸れて暑く、あせもが酷い。
かといって冬に便利かというと、断熱性があるわけでもないので、普通に寒い。
ちょっとした雨なら、傘をささなくてもいいということがメリット。
このレインコートの正体が、はっきりではありませんが、少年の発言によってなんとなくわかりました。
私の解釈になるのですが、外部の何か(物理的なものだったり、気持ち的なものだったり)から自分を守るための鎧みたいなもので、それはごく自然に、無意識に、人は身に纏うようになっていくものなのかなと思いました。
それゆえに、主人公なら蒸し暑さや転びやすさという代償が与えられ、それを受け入れ、やり過ごしていくのが人間なのかもしれません。
ちなみに大家さんは耳あて、他にも手袋やマスクの人もいるようで、自分だったら何を纏っているのかな~なんて考えてみたりもして。おもしろいです。
大家さんの個性的な喋り方や可愛らしい人柄、少年の家庭事情、隣の部屋のトドさん(?)など、登場人物みんな魅力的なので、そこもお気に入りです。
クライマックスから結末にかけてが、とても躍動感があり、ロマンチックでもありとっても良かったです。ニッコニコで読み終わりました。
もう、なんという幸福感。
たまらないです。
番外編的な感じで、その後も知りたいです。
大家さんのプレゼントが役に立つという伏線回収感。(やるじゃんセリコさん)
今まで消極的で目立った行動を避けてきた主人公が、愛と情熱を爆発させて遂行した勇敢な行動。(犯罪だけどな)
つまり必ず最後に愛は勝つ。(KAN)
何も知らないで、暖かな視線を送る大学の恩師。(じつはとんでもないことしでかしてますよ、教え子さん)
なんて愉快なお話なんだ!
これも置いておこう。
学芸員ハシバミの
「言葉なんて、覚えなきゃよかった」
本文P105より
という言葉が、胸が苦しくなるくらい哀愁漂いまくっていて、きゅーんっとなるという瞬間もありました。
最後に
休館日の彼女たちの姿を想像すると、優雅な雰囲気に楽しい気分。
『空芯手帳』とはまた一味違うおもしろさが炸裂なお話でした◎