今回は絲山秋子さんの『海の仙人・雉始雊』を紹介します。
『御社のチャラ男』を読んでから、絲山さんの作品が気になっていて、装丁も可愛いので手に取りました。
ワードセンスがおもしろかったり、ハッとする言葉を連発する絲山さんというイメージですが、こちらはどんな感じなのか。
目次
あらすじ
『海の仙人』
きれいな海がある敦賀で独り暮らしを始めた主人公の前に、役立たずの神様が現れ、2人の同居生活が始まった。
彼らのもとには2人の女性が訪れ、恋をし、旅をし、過去のトラウマと運命に向き合ったりするお話。
『雉始雊』
のどかな田舎町に住む女性の、温かい日常を綴ったお手紙。
感想
読み終わった時に、この本はとっても大切なものだ、と思いました。
なんかこう、何度でも読み返して、その度に大切に本を閉じたくなるだろうなという予感。
穏やかに時間が流れていて、和やかにクスッと笑える微笑ましさと切なさ、泣きそうになるほどの大きな愛が押し寄せてくる。
人恋しくなる。
人生って素晴らしいとか、そんなきれいごとを躊躇なく言っててしまえる読後感。
これは迷いなく今年読んだ本ベスト5に突っ込みたいです。
『海の仙人』
まず書き出しの
ファンタジーがやって来たのは春の終わりだった。
という文に心を鷲掴みにされました。
なになに、どういうこと!? 何が始まるの?
好奇心くすぐってくるのね絲山さん!
ファンタジーの正体がまたおもしろいし、謎めいているし、かわいいからもう……!(語彙力喪失)
ゆったりとした時間が流れていて、でもその中で、それぞれの愛と葛藤の人生が詰まっていて、魅力的で、とっても癒されました。
穏やかで、きれいで、ユーモアもあって、でも切なくて。
心がほぐれるぞ。浄化されるぞ。
どの人もタイプは全然違うのに、全員好きだな〜。
ゆるゆるとした会話の中にある、言葉や内容がお茶目で、読んでいるとニヤッとしてしまう。
本当にちょうど良いゆるさ。
でも、そんな中で、サラッと核心をついてくるようなセリフもたくさんで、付箋を貼りまくりました。
「経験だけが生きている証拠ではなかろう。お前さんが過去にしか生きていないと言うのなら、それは未来に対する冒瀆というものだ」
本文P21より
のほほんと生きていたっていいじゃないの。
大変な日々を生きる人だけが立派なんかじゃない。生きているだけで立派。
未来に対する冒瀆。たしかに、思い出ばっかり見つめていたら、未来がかわいそうだよね。私もやりがちだけれど……。
「同情が嫌なのは、てめえの立っている場から一歩も動かないですることだからだろう。でも、偽善はさあ、動いた結果として偽善になっちゃったんなら、いいんじゃないの?」
本文P65より
同情と偽善の違い。
偽善という言葉は、あまり良い意味に捉えられなくて、自分が偽善をはたらいたと思った時はモヤモヤしちゃいますが、この言葉で、そんなの吹っ飛びました。
偽善は悪いことじゃない。
「孤独ってえものがそもそも、心の輪郭なんじゃないか? 外との関係じゃなくて自分のあり方だよ。背負っていかなくちゃいけない最低限の荷物だよ」
本文P93より
孤独は最低限の荷物という表現に惹かれました。
孤独になることが怖くて仕方がない時って、よくある。
けれど、この言葉で、孤独は皆が背負っているもので、当たり前のものだと思うことができて、孤独が怖くなくなりました。
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「思い出せないのが一番正しいのだ。真実とはすなわち忘却の中にあるものなのだ」
本文P153より
どんどん忘れていく。
読んだはずの本の内容とか、話したはずの会話の内容とか、楽しかったり辛かったりする過去の思い出とか、乗り越えた事とか。
でも、それは嘆かわしいことではないってこと。
思い出せない。それでいい。それが正しい。それが普通。
そして、その忘れた中に、大事なことも含まれている。
不完全で、大事なことも忘れちゃう。そんなおっちょこちょいが人間なんだよね。
なんて心強いお言葉。
『御社のチャラ男』とは雰囲気が違うけれど、言葉の表現や、目の付け所がおもしろいところは一緒だな。
そうか。それが絲山秋子という作家さんなのか。
うむ。推そう。推し作家に入れてしまおう。
ゆるさと、おもしろさに癒しをくれたお話ですが、生きることについて向き合わせてくれたお話でもあります。
人生をどう生きるか、どう過ごすか。
そういうことを、じっくり考えたくなる。
トラウマ、病気や死、事故や障害、叶わぬ恋
そういう運命や課題に対して、どう向き合うのか。
登場人物たちは皆、しっかり向き合って、立ち向かっていて、かっこよかったです。
私も、不格好でも一生懸命に人生を歩んでいきたいと、歩んでいこうと思える。
そんな生きるエネルギーや勇気をくれるお話でもありました。
そしてあわよくば、私にもファンタジーが訪れてほしいな、とも思う。
『雉始雊』
なんて温かいの……!
文字を追っていただけなのに、人肌の温かさを心に感じるお話でした。
ある夫婦の日常と、他愛ない会話。
そこにはクスッと笑っちゃうお茶目さと、和む風景が浮かび上がる。
癒し系夫婦だな〜なんて思いながら読んでいたら、じつはこれ、ある人へ向けたお手紙だったようで、予期せぬ転調に更に引き込まれて。
そこから読み取るに、悲しくて切ない状況なのだけれど、さりげない愛が文章から溢れ出ていて、送り手と受け手、諸共全部抱きしめたくなる衝動にかられました。
いしいしんじさんの解説もすごく素敵だったので、そこも漏らさず読んでほしい気持ち。
とどいたゲラの束はまるで四角く白いファンタジーのようだった。
って、言葉のセンス……! (言っちゃってる)
最後に
尊い。その一言に尽きる。
とっても大好きで大切な本に出会いました◎