今回はかげはら史帆さんの『ベートーヴェン捏造 名プロデューサーは嘘をつく』を紹介します。
帯のシンプルな絶賛言葉に心を掴まれて、すぐに購入を決めたのですが、でも先に読まねばならない本があって、やっと読むことができる待ちに待った一冊。
ベートーヴェンについては有名な曲と肖像画、中途失聴者だったことぐらいしか知らないのですが、あの有名なベートーヴェンは捏造されたものってどういうことなのか。
一体どこまでが真実で、どこまでが捏造なのか。
そしてベートーヴェンの人生や人柄も気になるところです。
目次
あらすじ
現代の私たちが知るベートーヴェンの知識のほとんどは、会話帳をベースにして書かれた『ベートーヴェン伝』が情報元となっている。
それを書いたのは、ベートーヴェンの秘書アントン・フェリックス・シンドラーという人物。
しかし、研究によって会話帳が改竄されているということが発覚し、つまり同時に『ベートーヴェン伝』の内容も捏造であるということが発覚。
そこに隠されたベートーヴェンの真実はどんなものなのか。
感想
とてもとても興味深くて、特にベートーヴェンとシンドラーの交流が始まった辺りからは勢いが止まらない。おもしろかったです。
みんな個性強すぎて、だから巻き起こる事件も刺激的でハラハラするし、先が気になります。
ベートーヴェンを全然知らなくても楽しめます。強烈すぎて。
ましてやシンドラーなんて今まで存在すら知らなかったけれど、この人が一番強烈でおもしろいです。
つっこみたくなることだらけです。
かげはらさんの紡ぐ文章が、現代的なくだけた語り口調なので、目の前でベートーヴェンやシンドラーなどのおじさんたちが愚痴っているのを聞いている感覚。
だからさらにおもしろいのです。
捏造された部分に関しては、史実とされていたエピソードを知らないので、へえ~!って感じで読んでいましたが、知っていたら衝撃がすごかったのだろうなと思うような真実でした。
今まで抱いていたベートーヴェンという人物の人柄が180度変わってしまうのだから。
どんな人物だったか知らなかった私でも、これはやばいな……笑 と思ったエピソードは甥カールとの関係性と、そこから起こってしまったカールの自殺未遂の真相です。
ここを説明してしまうとネタバレになるので書きませんが、通説と真実が真逆すぎて、さらにベートーヴェンの異常さが垣間見えて、カールがかわいそう……とだけ言っておきます。
この本の主人公であるシンドラーもなかなかの強者です。
「ベートーヴェンの秘書」という肩書だけで、ベートーヴェンのことを知り尽くしている、信用できると思っちゃいますが、じつは自称ベートーヴェンの秘書という感じだったっぽいです。
秘書並みに、いや秘書以上にベートーヴェンに仕えていたのは事実だけれど、ベートーヴェン本人が彼をどのように見て、どう扱っていたかを知ると、ベートーヴェンから見た彼のポジションがよくわからないのです。
そもそもベートーヴェンが酷すぎる!笑
こんな振る舞いされたら誰でも病むよってくらい振り回したり、酷いことを口にしたりする。
実際に何人かのお世話係さんは、ついていけずに逃げたりしています。
でもシンドラーは強かった。
何を言われても、どんな扱いをされようと、ベートーヴェンを愛して離れようとしなかった。(離れた時期もあったけれど、あれはさすがのシンドラーも離れざるを得ない)
心が強かったのもあるでしょうが、もうひとつはこれよ。
彼は鈍感なのだ。たぶん。
ベートーヴェンに皮肉を言われても、嫌がらせをされようと、ベートーヴェンの悪意を感じていない。
見当違いなことを言いだす。
そりゃベートーヴェンも「こいつ話が通じない!」と嫌って遠ざけたがるわけだ。
そんな二人のやりとりが、読者からしたらおもしろいのですが。
というわけで、この本を読んで私が受けたシンドラーの印象は
腕利きで頭も良くてすごいのに、鈍感でマヌケなところもあるベートーヴェンを崇拝する人。
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ベートーヴェン死後の『ベートーヴェン伝』バトルも白熱していておもしろかったです。
誰が『ベートーヴェン伝』を書くに相応しいか。
こいつは嘘を書いているぞ。
こんなことを包み隠さずに暴露するなんて、とんでもない。
我こそはベートーヴェンをよく知る者だ。
シンドラーとベートーヴェンの友人や弟子による、真実VS嘘、さらには噓VS嘘のバトルが新聞記事の欄や出版書で大白熱していて、大の大人たちが大人げなくお互いを罵り合う。
ベートーヴェンも自分の死後にこんなバトルが繰り広げられているなんて知ったらびっくりでしょうよ。
バトルの最中、みなさん高齢や無理が祟ったりでバタバタと死んでいく。脱落していく。
そして最後まで生き残ったシンドラーが勝者となったから、きっと現代までシンドラーの説が信じ続けられたのでしょう。
何度も何度も人々に嘲笑されたり、バカにされたりして、勝者となった晩年も捏造がバレそうになるピンチが訪れたりして、ハラハラさせられましたが、こうしてシンドラーの語るベートーヴェンが現代まで浸透したのだから、やっぱりシンドラーは勝者だ。
なぜベートーヴェンの捏造を行ったのか※ネタバレ要素あり※
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シンドラーにとって、嘘とは、ベートーヴェンに関するあらゆる「現実」を「理想」に変えるための魔法だった。
本文P26より
シンドラーはどんな仕打ちを受けようとベートーヴェンを崇拝していた。
ずっとずっと憧れの存在だった。
愛していた。
だからこそ、ベートーヴェンの悪い部分は広めたくない。
偉大なるマエストロ、ドイツのスーパーヒーローである彼は、スーパーヒーローらしくあるべきだ。
そんなシンドラーの「理想的なベートーヴェン像」を守り、世に認識してもらうために、捏造を行ったのでしょう。
信憑性を深めるために、辻褄をあわせるために、会話帳を遡って改竄、また改竄。
最初は罪の意識があったけれど、のめり込むにつれて、理想のベートーヴェンを守るための行為だと思うようになったのでしょう。
そしてベートーヴェンのためだけではなく、自分自身の心の奥に閉まった音楽家としての夢も一緒に。
タイトルの「名プロデューサー」とは皮肉じみているけれど、しっくりきます。
最後に
ベートーヴェンの人生や人柄が知れておもしろかったのですが、なによりシンドラーをもっともっと知りたくなる、沼にはまりそうなおもしろい一冊でした◎