今回は八木詠美さんの『空芯手帳』を紹介します。
第36回太宰治賞を受賞した作品です。
なんと海外でも話題になっている作品なんだとか。
職場にキレて偽装妊娠。
帯のたった一文で、もう衝撃をくらいます。
目次
あらすじ
職場で女性差別のように雑務を無言で押し付けられ、ついに魔が差し「妊娠してます」と言ってしまった。
そこからどんどん引き返せなくなり、偽装の妊娠ライフを送ることに。
彼女はどのようにやり過ごしていくのか。
奇妙な妊娠ライフを綴った手帳、ここにあり。
感想
帯の言葉を見た時から思っていたことだけれど、読み終わって改めて思います。
完全に私好みのお話だ!
じつに楽しませてもらいましたよ。
内容については後で触れることにして
冒頭から最後まで感じたことは、語彙力のたくましさと、おもしろさです。
ワードセンスが最高なのです。
なるほど、そう表現するのか。
私も同じ事を思ったことあるけれど、そこまで言葉にならなかった。
そしてそこまでの想像力もなかった。
とても鋭い着眼点。それへのツッコミ。
今まで私はこんなおもしろい疑問に何も感じずスルーしてきたのか。
八木さんの紡いでいく言葉がおもしろい。
八木さんの考えが、着眼点が、世界がおもしろい。
八木さんの描いたこの内容も十分おもしろいけれど、八木さんの表現力にも惚れました。
きっと八木さんは何を書いてもおもしろいのではないかと期待してしまいます。
というわけですぐに、八木さんの2作目を読みたい本リストへ追加しました。
さて、内容の方のお話をさせていただきます。
先ほども書きましたが、着眼点がおもしろいです。
妊娠ライフを過ごす中で、もちろん日常の些細なことも話題にのぼります。
例えばこちら。
(「君が世界中を敵に回しても僕は味方だよ」というセリフに対して)
「敵に回させるなよって、彼女を。世界を敵に回すことってそうそうないじゃない? というか、まず勝ち目ないし。本当に好きなら彼女がそんな無謀なことをするのを、事前に止めてやればいいのにさ」
本文P18より
なるほど! たしかにそうじゃん!
気障なセリフだなと思って、それ以上特に何も思わなかった私ですがこの正論にスカッとさせられ、そして笑いがこみ上げてきます。
冷静に分析すれば、たしかにそうなのよね。
そんな感じで、日常のあれこれもおもしろいです。
他にも、聖母マリアさんへの問いかけとか。
考えもしなかったけれど、たしかにそう思うな~という、おもしろい気づきや発想が散りばめられていて、これだけでもおもしろいです。
おもしろいのですが
やっぱりメインは偽装妊娠ライフの全貌ですよ。
いつかバレるのでは……というスリル感。
お腹の膨らみなどをどうごまかしていくのか。
その心配も、後に吹っ飛びます。
え、なに、どういうこと。
彼女の身に何が起きているの!?
という違う角度で、心をざわつかせる展開になっていくのです。
嘘なのか本当なのかわからなくなって混乱。(楽しい)
そしてわからぬままクライマックス的場面まで来て。
さあここから体の変化の種明かしなのかしら? と思いきや、そのまま今まで通りに、何事もなかったかのように今度は育児ライフを続行。
生まれた子の存在偽装対策もばっちり賢く。
え、待ってよ。
妊娠32週目辺りからの、あの本物感はなんだったの!(得体の知れなさが怖い)
そこは私たちが想像しろと言うことですね。
わかった。想像しようじゃないの。
妊婦さんのことをブログとかネットで調べて、それに沿って妊婦ライフをなぞって過ごしているうちに、本気で妊娠したという錯覚を起こしたのか?
体の内も、神経とかがそれに影響を受けて、想像妊娠みたいな症状が出たのか?
でもそうしたら、エコーに映ったのは何?(こわいこわい!笑)
ここらへんの謎、読まれた方の意見を聞きたいです。募集!
< スポンサーリンク >
「でも一方でさ、どうして人のことに干渉したがる人も多いんだろう。本当に興味があるわけでもないのに口に出して決めつけて、自分が理解できない範囲になるとおかしいだのなんだの言い出して、うるさい。すごくうるさくて、ずっとさびしくて、私は自分が誰なのか忘れそうになる」
本文P171より
彼女が職場で感じていたこと。
その理不尽さや苦しさに胸がぎゅっとなるし、大共感です。
だから彼女は嘘を持つことにした。
嘘という名のシェルターを作って、周りからの干渉や好奇から距離をとる。
そのシェルターが彼女にとっては、偽装妊娠だったのでしょう。(咄嗟に出た嘘だけれども)
登場人物も個性的でおもしろい人揃いです。
主人公の柴田さんは、冷静に物事を見ることができてクールな印象。
そしてどんなアクシデントにも対応でき、それをものにしちゃう強さがある女性というイメージです。
特に最後の一文は強かさがあって、凛としていて、どこかかっこいい。(ぶっとんでるけどな)
まあ、すごいことをやり遂げて、それを今も続行中だからね。
更に一番個性強いのが東中野さん。
糊のにおいのする、落ち着きのない、でも情熱的で可愛らしい人。
私はなんだか彼が魅力的に見えました。
妊婦さんの日常やたいへんさも、このお話を通して知ることができました。
妊婦さんや産後の方も、周りには見えない努力やしんどさを抱えている。
それが具体的にわかる、勉強にもなる本でした。
タイトルも今思うと秀逸で
想像上の母子手帳のようなものという主の意味と
主人公のお腹の中が空っぽという事実、職場の紙管工場(空洞の芯を造る工場)も掛けているのかな。
お話に強く関与していることではないのですが、おばあさんが言い放った「歯だけは貴族よ」が頭から離れません。
なんかパワーワードみたくないですか?
最後に
楽しくて、おもしろくて、共感して。
たまにびっくりさせられて。
妊婦さんのいろいろを知れて。
とっても有意義で濃い読書時間になりました◎
< スポンサーリンク >