今回は小川洋子さんの『約束された移動』を紹介します。
小川洋子さんは有名な作品をたくさん出版していますが、こちらが初読です!
芸術的でいて不思議な構図の表紙。
そしてキャッチーで、意味はわからないけれどかっこいい語感のタイトル。
不思議な世界が待っていそうな予感がしますが、どんなお話なのでしょう!
目次
< スポンサーリンク >
あらすじ
「移動」がテーマの、一風変わった魅力的なプロフェッショナルたちの物語6篇からなる短編集。
感想
優しくて穏やかな雰囲気の中に、真逆であるはずの不気味さと不穏が存在する。
おそらくこれが不思議な世界観を作り出しているのでしょう。
それぞれの様々なプロフェッショナルが紡ぐ世界は、凡人の私には見ることのできない世界で、おもしろいです。
どれも共通して自分の仕事に誇りを持っていて、プロ意識が垣間見える。
プロフェッショナルな彼女たちの持論は、おもしろおかしいもの、説得力のあるもの、胸に刺さる印象的なもの……と様々な色をしていて、いろんな方向に感情を動かされます。知識の勉強にもなります。
そしてどの人も個性溢れる思考や人柄なので「なんかわからないけれど好き」という、ぼんやりとした根拠のない信頼と好感を持ちました。
タイトルにもあるように、6つのお話には「移動」というテーマがあります。
それを頭に置いて「移動」を探しながら読むのも楽しいです。
そして扉絵も、そのお話のシンボルが描かれていて素敵なのです!
『約束された移動』
表題作。不思議な空気がずっと穏やかに漂う印象のお話でした。
ロイヤルスイートに宿泊するハリウッド俳優Bと、その宿泊後の部屋を掃除するホテル客室係。2人の間で密やかに行われる暗黙の了解による関係。(文章にしたら、なんかかっこいいな)
Bは決まって、部屋にある書棚から一冊持ち去る。プロの客室係は、何が持ち去られたのか気づいて、それを購入して読む。Bを追うように。
そんなやりとりを、ずっと続けるのです。本が約束された(決めごとのように)移動をするのです。
客室係が一方的にBを追っかけしているように感じるこのお話。
「彼と同じ物語を読んでいるんだぜ♪」という思い込みは自由だし、楽しいと思います。(他人事だから完全に楽しんでおります)
客室係の思考の中で、Bは小説などの登場人物に導かれるように「移動」しているような描写があります。これが、このお話の「移動」になるのでしょう。
きっと客室係は、Bの最後のファンかもしれない。それくらいに情熱や愛も伝わります。でもお互いを認識していないという関係が儚いなと、胸に沁みます。
ただ、Bの髪を集めて身に着けるくだりは、本人のBが知ったら鳥肌ものでしょうね……笑
『ダイアナとバーバラ』
バーバラこと、おばあちゃんのプロフェッショナルな姿勢に拍手を送りたい。
ダイアナに魅せられて、それを再現しようという気力も底抜けに強いし、その姿は生き生きとしていて、かっこいい。
着たいものを自らの手で再現し、人の目を気にせず身に着ける。かっこいいではないか。
それに付き添い、エスコートする孫娘も素敵です。
おばあちゃんと孫娘の関係性も、お互いの好きなものに口を出さず、押し付けもしない素敵な関係。
バーバラの職業は病院の案内係。どこに行けばいいのか、どうしたらいいのかわからず困っている人に、正解を教えて導き「移動」を補助する。
昔の職業、エスカレーターの補助員も「移動」を補助するお仕事ですね。
『元迷子係の黒目』
”ママの大叔父さんのお嫁さんの弟が養子に行った先の末の娘”
……長いよ! 遠すぎてよくわからないよ!
これを間違えたりしたらペナルティを課せられるとか、そのペナルティが地味に嫌な程度のことだったりとか。おもしろいです。
ペナルティ避けるために、この人の話題を出したくないね。
もう名前で呼びなよ。もう遠い親戚でもよくない? なんの意地?笑
そんな長い続柄の彼女はとても魅力的です。好きです。
斜視を武器に迷子を見つけるのが得意で、もちろん元迷子係のプロフェッショナル。
出しゃばらないし、さりげない優しさを兼ね備えている。
「一人ぼっちでいる子どもくらい可愛そうな生きものは、他にいない」
本文P108より
さすが。かっこいい。迷子を受け渡す時の決めゼリフにしてほしいですね。
迷子を親の場所へ帰してあげる「移動」のお話でした。
最後の一行には哀愁が漂い、切なく感じました。
『寄生』
めちゃくちゃぶっとんでいる。
おましろかったです。ニヤニヤでした。
ぼーっとしていたら〇〇に寄生されちゃったお話。(SFではありません)
事態がややこしくなる一方だったので、SF系か!? と思いましたが、ちゃんと引き取られていきました。身元判明の展開に驚きです。
寄生された側が急に解放されて、逆に心許ない気持ちになるの、ちょっとわかる気がします。
寄生された体で一生懸命交番へ「移動」し、身元を受け渡して「移動」させるお話でした。
『黒子羊はどこへ』
生々しいちょっとグロテスクな描写、園長の子どもへの捻じれた執着がゾッとする印象のこちら。
平凡な人生だと自負していた園長の平凡ではない人生。
「ある日」は、おとぎ話や偉人伝の中だけじゃない。誰の身にも起こる。
生死、人生を考えさせられる内容でした。
羊の逃げ足、葬列の移動がこのお話の「移動」のようです。
『巨人の接待』
なんかファンタジーっぽいタイトルだなと思うでしょう?
巨人の正体。
小柄のおじいさんかーい!
ってツッコミたくなるのは私だけじゃないはず。
タイトルとは裏腹な、なんだか蝶々が舞っているような平和でのどかな雰囲気のお話でした。(実際に登場するのは蝶々ではなく鳥です)
通訳のプロフェッショナルにだけ心を開く巨人。この2人の短い間の関係性も素敵でした。
これは言わせてください。
巨人が可愛いのです。
鳥が大好きな巨人。鳥への愛情がちょこちょこ滲み出ていて、もう巨人が愛おしいのです。
「移動」ばかりの人生に疲れた巨人、古いメリーゴーランドを動かし「移動」させる通訳のお話でした。
最後に
長くなりましたが
単純ではない物語たちに、いろんな感情と思考を教えてもらったような気がします◎