今回は髙樹のぶ子さんの『私が愛したトマト』を紹介します。
私トマト苦手なんです。煮込んだら美味しく食べられます。
苦手だけれど、見た目は好きなんです。きれいな赤色でかわいいまんまる。
好きになりたくて毎年一度、果敢に挑戦するのですが、今のところ全敗……。
話が脱線しましたが、私の気持ちと正反対のタイトルに惹かれて手に取りました。(トマトを愛せる術が書かれているかなと淡い期待を胸に)
表紙デザインも色味がきれい。
目次
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あらすじ
日常の中に妄想のような非日常が絶妙に同居する11編からなる短編集。
感想
不思議。とにかくこれ。
冒頭はわかりやすくて現実味があるのですがいつの間にか妄想世界、非現実世界に誘われていきます。そしてその世界がなんとも不思議で不可解。
現実の境界線をいつの間にか超えていて、気づいたら
ここはどこで、私は何を見ていて、どういう状況なのか。(私は誰? までは行かないのでご安心を)
簡単に言えば世にも奇妙な物語。
非現実世界は身の毛もよだつような独特な世界。たまに悲鳴を上げちゃう。
だけど、髙樹さんの紡ぐ文章は、そんな異常時でも澄んでいて、響きがきれいで心地よい。
言葉にするのが難しいのですが、語られている世界と文章のギャップで、これまた不思議な気持ちになります。
大半の人が難しいと口を揃えそうな短編集ですが、途中でこの世界観に慣れてくると思うので、読む際は最後まで読んでみてほしいです。
11編の中で、私が心の残った物語を抜粋して感想を進めていきます。
『夢の罠』
最初は不穏な雰囲気が漂いながら、結局なんなんだろうとモヤモヤしていましたが、ラストシーンで衝撃的な事実展開が起きて頭にガツンときました。
少しゾッとしましたが、死者と生存者が交わる世界が幻想的でした。
話していた相手(トラッパー)が有名なあの人というオチも好き。そこにいたのか。
「そのとおり、あなたはトラッパーです。冒険という罠に捕まり、冒険の罠を作り続けてもおられる。植村直己の夢の罠に捕まって、大勢の男たちが冒険に出る。罪つくりなトラッパーですね」
本文P87より
偉大な冒険家は夢という名の罠をしかけ続けている。そしてその夢に魅せられ、罠に捕らわれた新たな冒険家が生まれる。だから「夢の罠」なのか。おもしろい解釈です。
作中に登場するシャンデリア・ベアー。獰猛らしいけれど、見てみたい気もする。
『散歩』
4ページで終わっちゃう最短小説。それなのにインパクト大でした。
蝉、前世は主人公に何されたんだろう。気になる。
そしてちょっと、蝉が苦手になりそう。
『ポンペイアンレッド』
これぞまさに世にも奇妙な物語。
官能的であり、ホラーでもある。読んでいる間、背筋がゾクゾクでした。(だけど最後まで読みたくなっちゃうのよね)
あれは妄想なのか。最後の雰囲気が意味深でした。
『私が愛したトマト』
表題作です。
トマチン、かわいい響き。(毒だけれど)
ある女性の幼い頃から晩年までのお話。その中には必ずトマトが登場する。
別人の話のようで、全部同じ女性の一生。主人公の人生にはトマトが重要だった。
現実離れしたファンタジーの場面も存在しましたが、どの思い出も切なさがあって、怖さはない。あれ、この話は今までと違う作風だな……と思ったら。
最後の最後にとんでもないカミングアウトきたあああ!
こわいこわいこわい!!
このトマト、ただのトマトじゃない。おばあちゃん一体このトマトのために今まで何してきたの!?
知りたい気持ちと、先が怖くて知りたくない気持ち。
『蜜蜂とバッタ』
一番好きなお話。怖さはゼロです、珍しく。
ファンタジー味が強めのお話です。蜜蜂とバッタがかわいいです。
恋愛について割り切った考えを持った強い主人公。不倫相手ときっぱり別れて30年。
妄想の中だけれど、本当の気持ちを彼に伝えようとする場面。そのセリフ。感動しました。
『翔の魔法』
こちらも怖い要素は薄いです。
今までろくなことをしてこなかった主人公。心から好きな女性ができた。
自分の変わった特技を褒めてくれる。魔法だと言ってくれた。キラキラ光っていると言ってくれた。
その彼女のために危険の中へ。
変わり果てた彼の姿を見た彼女。その光景。
ちょっと泣きそうになりました。悲しくて辛いけれど、素敵な話。
最後に
不思議すぎて難しく、ゾッとするよなお話が多かったのですが、今までにない読書体験ができて達成感を感じ、世界が広がった気がします◎