今回は安壇美緒さんの『ラブカは静かに弓を持つ』を紹介します。
第6回未来屋小説大賞第1位
2023年本屋大賞第2位
第25回大藪春彦賞受賞
という感じで、評価が高く話題になっている作品です。
スパイ×音楽小説ということで、どんなお話なのかわくわくします♪
目次
あらすじ
演奏の著作権問題で、上司にある音楽教室へのスパイを頼まれた主人公。
対人が苦手で孤独を愛してきた彼の心は、潜入調査が進むにつれて変化していく。
チェロや音楽教室の仲間たち魅力と、いつバレるかというハラハラ感がたまらないスパイ×音楽小説。
感想
一連のスパイ行動が、ハラハラする場面も勿論あるけれど、人の温かさや協調性、お互いの信頼によって意外にも感情の変化をもたらしてくれる。
渋々受けた潜入調査によって、毎日が充実して健康的にもなり、生きていると実感するようになった主人公。
大好きな仲間も得ることができた。
それは彼にとって素敵な変化なのですが、スパイの身である以上、潜入調査が終了すれば失われるものなのです。
いつかは強制終了される充実感と縁。(つらいよ……)
任務が終了すれば、仲間を裏切らなければならないのです。(いやもう既に欺いてるんだけれど)
充実した日々も、自ら手放さなければならないのです。
潜入調査が進むにつれて、彼らの温かさや居心地の良さが強まっていく。
それに比例して、どんどん罪悪感も肥大していく。
任務だったとは言え、2年間も楽しく交流を続けていれば、そこを離れなければならないのは苦行です。辛くて苦しいです。
今まで孤独を選んで生きてきた彼の価値観をガラッと変え、居場所ができて充実した日々を送れたのも、スパイ活動という任務の副産物であったと考えると複雑です。
「そういったもの(安全や信頼のことです)が保障されていなければ、自己開示はしにくいものです。自分の話をしても大丈夫なんだって、いま橘さんは思うことができている。それって、いわゆる信頼です。その無数の信頼の重なりの上に、人間関係は構築される」
本文P271より
私はおしゃべりな方ですが、そんな私でもたしかに信頼できる相手にしか胸の内なんて特に喋れないなと気づきました。
人間関係において、信頼はたとえ小さなものでも大事なんです。
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主人公はプロのスパイではないし、なんなら初スパイ。ど素人です。
だから精神的に残酷な任務をさせられていると感じるのです。
スパイが職業の人なら、人間関係や情に流されないように経験や訓練をされていて、多少は耐性があるのでしょうが、彼はいくら冷酷そうにみえても普通のひとりの人間です。
情が湧いて罪悪感に押しつぶされ、仲間を守るための破滅行動に走るのも無理はないのです。
最終的に彼が取った行動は、職場でも潜入先でもハラハラドキドキでしたが、ラストシーンが素敵だったので、良き行動だったなと思います。
浅葉先生の前でドジしちゃった時はもう、こっちが泣きそうでした……笑
チェロの奥深さについても勉強になって、興味が湧きました。
読後にチェロの演奏を聴いて余韻に浸ったくらいです。(影響受けやすいんです)
深みのあるきれいな音色を奏でるためには、運指よりも弓への意識が重要なのだそう。
そして、その曲のイメージに寄り添って音を出す。
私もピアノを習っていましたが、運指に気を取られがちで表現力(音の強弱)が足りていないと言われた記憶があります。
音楽は表現力が大事なのです。
そしてチェロは人の声の音域に近いそうなので、だから耳なじみが良く、心地よい音色なのだなと思いました。
ラブカは深海魚なのですが、その様子からスパイを表す言葉(隠語的な)としても使われるということで、このタイトルなのですね。
最後に
孤独を愛するスパイが人の温度に触れて、心が大変化していくという人情溢れる素敵なお話でした◎
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