本好きの秘密基地

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密やかな結晶/小川洋子

今回は小川洋子さんの『密やかな結晶』を紹介します。

出版は1999年ですが、2020年度「英国ブッカー国際賞」最終候補に残った作品です。

美しい表紙で、書店で度々見かけるし、海外でも高評価と知って、気になっていたこちら。

密やかに読んでいこうじゃないか。

 

目次

 

あらすじ

少しずつ順番に何かが、その記憶が消滅していく島

しかし、消滅したものの記憶が消えない人も存在し、そんな人たちは秘密警察によって排除されていく。

主人公の周囲にも記憶を失わない人が存在し、彼を守るために匿うが……。

消滅が進み、どんどん空虚な世界になっていく島での、どこか寂しくて不思議な物語。

 

感想

小川洋子さんの優しくてきれいな文章で描かれる、寂しくてちょっと残酷な不思議な世界

前に読んだ『約束された移動』にも、これを感じました。

私、こういうの大好き。

文章と世界観のギャップというか、バランスというか。

温かくて柔らかいのに、静かで寂しくて、切ない。

不思議な気持ちにさせられて、すんなりと物語にどっぷり浸かってしまうのです。

そして物語の構築が魅力的すぎる

小川洋子さんの想像力の豊かさに、今作でも惹かれました

もっともっと、小川洋子作品を読みたいと思わされるくらい、心を奪われています。

 

秘密警察。記憶狩り。消滅。心の衰弱。

遠い昔の、遠い国の、おとぎ話を読んでいるかのような言葉の数々。

でも、秘密警察や記憶狩りにはユダヤ人迫害を彷彿とさせるものがあります

このお話でのユダヤ人的立ち位置になってしまっているのは、消滅が起きても記憶を失わない人たち

秘密警察は、島で起きる「消滅」を完璧なものにするべく、そのためには不都合な存在である記憶を持つ者たちを徹底的に狩っていくのです。

消滅に順応しているように演じても、身を隠しても、連れ去られてしまう。

彼らにはどうしようもないことで、差別され、迫害される

なんて怖ろしい。

 

基本的にはみなさん、消滅が起きると素直にそれに従っています

どんなに好きなものでも、大切なものでも、消滅が起きれば手放すのです。

島からは少しずつ物が消えていき、ついには自分自身も少しずつ消えていく。

それでも抗わず、仕方のない事だと、消滅を受け入れている

私としては、そんな怖ろしいことを受け入れるなんて無理だ。

とても窮屈で、自分自身さえも形を失っていくなんて。

それは記憶をたくさん持っているから感じるのだろうか。

彼らのように、記憶が消滅していくことが当たり前ならば、そんなことすら感じなくなるのだろうか

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最後は苦しくて、切なくて、それなのにどこか美しい終わりでした。

自分が完全に消えることを受け入れるというのは、一体どんな気分なのだろう

泣き叫ぶでもなく、抗うでもなく、静かに消えていく。

R氏も、あんなに情熱的に阻止しようとしていたのに、最後は受け入れて、静かに外の世界に踏み出していく。

こんなに泣きそうになる静寂は初めてでした。

 

主人公は小説家で、小説が消滅しても、愛するR氏の期待に応えるために書き続けようと奮闘していました。

そんな彼女の小説も、インパクトがすごくて読み応えがあります。

最初は、美しい純愛物語かしらと思って読んでいたら、ぐにゃりと歪んでゾッとする

そして、この島と同じように、消えていく。

この物語だけでも立派に成立するくらいです。

他にも出版済みの小説がいくつかあって、それも読みたくなります。

小川さんよ、番外編的な感じで、その小説集みたいなの出してくれないかな~。

 

静寂と美しさと残酷さを纏ったお話でしたが、さっきも申し上げたように文章が素敵なのです

一番惹かれた言葉がこちら。

まるで神様が空から降らせてくれるチョコレートを一つ残らず受け止めようと、スカートの裾を広げて待っているかのような気分だった。

本文P353より

記憶を持たない自分に、記憶を持っている人が、かつて存在した物を教えてくれることに対して、それをどんな気持ちで聞いているかを表現した言葉です。

なんて可愛らしくて、素敵な表現なの……!

消滅を受け入れていても、消滅した物に対する想いは色あせないのでしょうね。

そこがまた切ないのよな。

 

「密やかな結晶」とは何なのか。

小川洋子さんはこう語ったそうです。

「人間があらゆるものを奪われたとしても、大事な手のひらに握りしめた、他の誰にも見せる必要のない、ひとかけらの結晶があって、それは何者にも奪われない。そういうもの、秘密警察にもナチスにも奪えないものが誰にでもあるんです。心の中にある非常に密やかな洞窟のような場所に、みんながそれぞれ大事な結晶を持っているというイメージですね」

本文(解説)P445より

何者かが理不尽に自分たちから、あらゆるものを奪おうとも、奪えないものがある

何をされようとも、消えないものがある。

結晶=希望。

感動しました。誰にも奪えないものがあるという、ささやかで、でも強い希望に。

主人公の「密やかな結晶」は、自分が消えても、ここに自分が存在したという痕跡や記憶を残すことだったのかな。

私の「密やかな結晶」は何だろうと、じっくり考えてみたくなります。

 

最後に

言葉の紡ぎ方が芸術的で、メッセージ性も強い。

私にとってまた大切な物語が一つ増えました◎