今回は西加奈子さんの『窓の魚』を紹介します。
有名な作家さんなのでいつかは読んでみたいと思いつつ、作品が多くて何から読もうか迷子でした。
帯が決め手で、この作品に決定です!
タイトルや表紙からはどのようなお話か想像つきませんが、楽しみです。
目次
あらすじ
温泉旅行にダブルデートで来た男女4人。
後に謎めいた事件が起きる。
男女四人の視点と、事件の証言者の言葉で構成され、徐々に全貌が明らかになっていく謎めいた恋愛小説。
感想
妖艶で美しい雰囲気でいて、でも黒くて謎めいている。
2組の恋人の大人な恋愛話かなと思っていたら、そんな単純なお話ではなかったです。
それぞれ内に秘めている感情があって、それらはドロッとした印象のものばかり。結構深い闇のようなものばかりです。
特にアキオの視点はゾッとする面があり、優しそうなイメージとのギャップにびっくりでした。
そして、それらは彼らにどこか欠陥があるという事実を明白に伝えてきます。
人間なんてみんな欠陥あるものだけれどね。
それぞれの視点では、何事もなく振る舞っているように見える彼らの裏側を、本人の視点になると見ることができる。
謎めいた記憶や隠し事、自身の欠陥部分に対する葛藤などがどんどん明らかになって、パズルのピースがはまっていって、その完成されたパズル(全貌)を早く見たくて、読む手が止まりません。
読む手が止まらない原因は、4人の感情の魅力だけではありません。
各視点の末尾に突如現れる4人以外の部外者。そこから語られるのは、この旅館で起きた一つの事件なのです。
奇妙で謎めいていて、不吉なのに美しい光景を想像させる事件。
最初のナツ視点で、どこか幻想的だなと感じていた矢先に事件を知らされて
え、これミステリーなの!? まさか4人の中で何かあったの!?
という感じで、興奮しちゃいました。(こういうところ不謹慎でごめんね)
ナツ視点との雰囲気のギャップよ。
油断していたところに事件だなんて。
この展開は最高に惹きつけられます。おもしろいです。
この事件を主要人物4人ではない部外者が語ることによって、さらにおもしろさに深みが増す。
もちろん、読む手が止まらないのです。
4人の視点や感情のお話に戻りますが、
全編通すと出来事に空白や違和感、聞き取れなままうやむやにされたセリフなどがあり、彼らが微妙にズレ合っていて、噛み合っていないような、お互いを理解しようとする素振りがないように思います。
だから全体的に謎めいた4人に見えるのでしょうか。
中村文則さんの解説を読んで気づいたことが2つ。
まず4人の名前が季節だったということです。(なんというユーモアある仕掛け!)
もしかしたら秋よりも早く、冬がやってくるのかもしれない。
本文P8より
というような描写が何度か登場します。
その通りにナツ(夏)、トウヤマ(冬)、ハルナ(春)、アキオ(秋)の順で視点が描かれています。おもしろい。
そしてタイトルの『窓の魚』は、温泉の湯舟に面した窓越しに見える池の魚のことですが、
僕と皆の間には、目に見えない、透明なガラスが、いつもあるような感じがした。薄いが、とても頑丈なガラスケースに入って、中から皆をみているようなような気がした。時折そこには、傷が映った。ガラスに反射している、大きく不吉な傷を、僕はまざまざと見せつけられた。
本文P172より
というアキオの感情から、窓の魚はアキオで、アキオは閉じ込められ、ガラスに映る自身の真の姿が映って見えていて苦しんでいるというようにも感じ取れます。(私だけかな)
西加奈子さんの作品を初めて読みましたが、比喩がわかりやすくておもしろく、そしてきれいで丁寧な文章だなと思いました。
ナツのビール論も共感したり、考えつかない表現でおもしろいです。
ちなみに今回の作風は西加奈子作品の中では珍しいらしいので、他作品も気になります。
※ネタバレ区域※
ここからは最後まではっきりとされなかった謎たちを推理・考察していきますので、未読の方はお気をつけ願います!
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<旅館で亡くなっっていた女とその正体>
読んでいる間はなんとなくナツが殺められたのかなとハラハラしましたが……。
証言者が旅館で亡くなった方はどれも自殺だと言っているので、この可能性は薄くなります。
終盤、アキオの「こんなところで、死ねたらいいな」という言葉に対して、牡丹の刺青の女性が「あたしもね、そのつもりなの」と返していることから、亡くなった女はこの牡丹の刺青の女性であるということが明解になります。
では彼女は何者なのか。
アキオとの会話で「トウヤマ君の、友達?」と聞いていることから、トウヤマのの知人(電話の相手)だと思われます。
トウヤマいわく夜の人だそうなので、ハルナと同じキャバ嬢かしら。
ハルナにトウヤマの店を紹介した同僚がこの女性だとすれば、ハルナから今日の旅行のこと(トウヤマの居場所)を聞いていた可能性が高いです。
つまり牡丹の刺青の女性はハルナの同僚であり、トウヤマの言う「あいつ」だと解釈できるかと。
<猫の存在>
ニャアという声は聞こえるのに姿が見えない。
ただ一人、亡くなった牡丹の刺青の女性だけは姿が見えていた。
そこから考えられるのは、死ぬ人にしか見えない存在なのではないかという説。
つまりニャアと鳴く猫は死の暗示的な存在なのではないかと思います。
聞こえた人は、死の雰囲気を感じるだけであって、まだ死なない人ということかしら。
最後に
何度も読み返したくなる魅力的で謎めいた雰囲気と、人間の奥底を覗くような感覚。
再読したらまた違う感じ方や発見がありそうです◎
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