今回は森見登美彦さんの『恋文の技術』を紹介します。
好きな作家さんの1人である森見さん。
好きなわりに全作は読んでいないので、ゆるゆると制覇を目指そうとしております。
その中でも、絶対おもしろそうなこのお話を。
「ヘタレ大学院生」は森見さんが得意とするジャンル。(勝手に思っている)
恋文の技術とは、如何なるものか。(既に森見さんの文に影響を受けている)
目次
あらすじ
守田一郎なる主人公が友人たちに送った手紙で構成されたラブリー書簡体小説。
友人たちと文通を繰り返すものの、意中の人への恋文はなかなか書けずにいるヘタレ大学院生の文通武者修行の全貌。
感想
予感はしていたけれど、さすが森見さん。
ギャグ漫画のように、ゆるゆると進みながら、地味に笑わせてくれます。
絶え間なく笑いの種が散りばめられているので、頬も上がりっぱなしです。表情筋が鍛えられるというお得感。
ヘタレ学生を主人公にしたら天下一品の森見さん。
期待を裏切らない安心と信頼の森見ワールド。
主人公の饒舌さや皮肉な物言い(だけど憎めない)、ワードセンス、ハチャメチャで奇想天外なおもしろ展開。
おもしろくて楽しくて、安心します。
主人公が書いた(いろんな人に宛てた)手紙だけが並んでいる形なのですが、その一方的な形でも十分状況が理解できるし、逆におもしろさが際立ちます。
文通相手がへんてこ勢揃いだから、それはハチャメチャになる。
主人公のしたためる手紙からも、彼らの賑やかさがダダ漏れです。
みんな魅力的なのです。
これがまた森見さん作品の美味しいところです。
複数人と並行して文通をしているので、だんだんと伏線回収するように、その文通内容が繋がります。
そこで脳内相関図が更新されていきます。
これ、さっき出てきた人じゃん。
あ、これ、同一人物!?
ああ、あの場面か。別角度から見るとたしかに怪しい……笑
この繋がったり、別角度からのお話だったりが、また楽しいです。
要は、世間は狭いのである。(文体に影響受けまくり)
文通に書く宛名や署名も毎回おもしろいです。
その時の内容に沿って、勝手に異名をつけたり、異名を名乗ったり。
そのネーミングセンスに破壊力があって笑ってしまうので、お外で読むのが危ないです。
1人でニヤニヤしているヘンタイと思われてしまう可能性。
名前の部分だけでなく、一冊まるごと、笑ってしまう所しかないのですが。
次はどんな名前を書くのかなってワクワクします。
おっ〇いの絶対性について熱く語ったり(男子学生らしい阿保さ)
妹に対しては背伸びをして、尊敬を強要したり
とにかく全体的におもしろいのですが、一番おもしろいところが恋文の失敗書簡集。
書いているうちに、どうあがいてもへんてこな路線に走ってしまって、それを反省して書き直しても、また別のへんてこ路線を突っ走っていく性。
そのへんてこ恋文が極端すぎて、クセ強でおもしろいのです。
自己アピールしたいあまり通販番組になってしまったり
逆に卑屈になりすぎたり
知的に見せたいあまり堅くなりすぎたり
逆にチャラくなったり……
ああ、またへんてこな方向に走ってるよ~!!笑
そんな感じで恋文の行く末を案じながら楽しんでおりました。
失敗続きで日付がどんどん経っていくのも、葛藤しすぎ感が滲み出ていて、かわいいです。
なんと森見さん自身も登場します。
なんたるファンサービスよ!
森見さん自身のことを、2人の文通の中で垣間見れる感じがして、かなり嬉しいです。
お茶目だな〜って思います。
そして森見さんに対しての主人公の辛辣なお言葉には笑わされるし、仲が良いなと微笑ましくも思います。
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ひねくれているけれど、やけに響く名言たち
吉田神社は縁起が悪いと君は言うだろう。確かにあの神社は、合格を祈願する者は大学に「落ちる」、単位取得を祈願する者は単位を「落とす」ことで名高い。しかし考えてみたまえ。恋愛問題に関するかぎりはそれがイイのだ。なんとなれば恋というものは、自分は「落ちる」ものであり、相手を「落とす」ものだからだ。
本文P14より
これは上手いことを言うなあ……と思いました。
成就するかは別として、洒落が利いている。
(返事を書いていないのに、次の手紙が来て)
白ヤギさんではないのですから、読まずに書くのはやめてください。
本文P97(P120)より
名言というより、その状況がおもしろいです。
片っ端から書いて送る文通相手がおもしろくて、かわいらしい。
「幸福が有限の資源だとすれば、君の不幸は余剰を一つ産み出した」。これを逆に言うならば、「幸福が有限の資源だとすれば、君は誰かの幸福を横取りした」。ここでいう誰かとは、明らかに俺のことである。
本文P121より
幸福が限りあるものだとすれば、君の不幸のおかげで世界に幸福が一つ増えたことになる。の逆。
君は、限りある幸福を俺から取った。
かっこいいことを言っているようで、ただの皮肉。嫉妬。
彼らしいくておもしろいです。
今回の死闘と、このお話から何がわかるか。
教訓を求めるな、ということです。
教訓を得ることもできない阿保な話が人生には充ち満ちているということです。
本文P164より
世の中、教訓を得られるお話なんて、そんなにない。
教訓を得ることばかりにこだわっていたら、大体が無意味に思えて逆にしんどいですよね。
教訓なんかなくても、ええじゃないか。
ただ目の前の出来事やお話を、素直に受け入れて楽しんだ方がずっと有意義ですね。
恋文というのは、意中の人へ差し出すエントリーシートでしょう。
本文P185より
ああ! たしかに!
恋文には自分のアピールポイントや、相手への熱意を書く。
本当だ。エントリーシートと一緒だ。
そして採用(OK)か、不採用(ごめんなさい)か。
おもしろい着眼点です。
風船に結ばれて空に浮かぶ手紙こそ、究極の手紙だと思うようになりました。伝えなければいけない用件なんか何も書いてない。ただなんとなく、相手とつながりたがってる言葉だけが、ポツンと空に浮かんでる。この世で一番美しい手紙というのは、そういうものではなかろうかと考えたのです。
だから、我々はもっとどうでもいい、なんでもない手紙をたくさん書くべきである。
本文P337より
感動しました。
相手と繋がりたがっている言葉。かわいい。
どうでもいいことを話すって、そういうことなのです。
誰かと繋がりたいから。ただ、それだけ。
ほっこりしました。
<番外編>
守田「君は人生の荒波に乗り出すのであるな?」
(省略)
守田「伊吹さんだって、『乗り出したくないなあ』と思うこともあるだろ?」
伊吹「思う思う思う。でも、『やむを得ぬ!』」
本文P328より
伊吹さんの、このセリフがかっこよくて好きです。
そしてニコニコしながらそう言い放つ伊吹さんの姿が脳裏に浮かんで、眩しい。
私も逃げたくなるようなことに立ち向かう時はこの言葉を使おうと思いました。
この言葉を口にするだけで、自分が強くなったように思えるし、ポジティブになれそうです。
最後に
今回、長くなっちゃいました。
ハチャメチャでおもしくもあり、ほっこりもする。
「恋文の技術」は身につきませんが(笑)、誰かに手紙を書きたくなるお話でした◎
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